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2009/06/24

沖縄・慰霊の日によせて

6月23日ー沖縄戦で失われた20数万人の人々を慰霊する日。

沖縄戦の事は、ここで私が説明する事でもないので省きますが沖縄に行って

沖縄が好きになり、沖縄の歴史に触れ…沖縄戦の事を知り、考え…本当に

知るほどに辛くなります。

 

※写真と内容に一切関わりはありません

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3年前にmixiを始めたものの、まんまと4ヶ月で長期休暇…いまだに。

089232

ただ、その日記の1つに忘れない様に記したものがあるので、この「慰霊の日」に

よせて そちらを転記させてください。

089233

Coccoという沖縄出身の女性アーティストのLIVEの話です。。。

 

                     ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆                 

 

【2006年8月16日】

タイトル「Cocco」

彼女の曲をきちんと聴くのは初めてで、LIVEを
観るのも初めて。

~中略~

昨日のLIVEはCocco初心者の私にも心に響く
強く惹かれるLIVEでした。

『“ゴミゼロ大作戦”と題したLIVEの経緯ー
地元・沖縄の海をきれいにしたい、と始めたゴミ拾い
いつの間にか行政が動き広告塔の様になってしまった。
普通の事を普通にやっただけなのに大きなものに
なればなるほど方向性が変わってしまい戸惑った。』

「こんな事ならゴミゼロなんて言わずに“地元大好き大作戦”
 とかにすればよかったんだけど・・・でも、ゴミがなくなって
 ほしかったし・・・みんなにもみんなのゴミゼロを考えて
 もらいたかった」と。
「Coccoって言うと あぁゴミのねって言われる・・・
 ゴミじゃないよ・・・うた、だよ。」

不器用でピュアでまっすぐで、細い体からもの凄い
エネルギーが溢れていました。
「唄う」ってこういう事なんだ、と。

『ひめゆりの塔』の話をした時、
「おばあちゃんから戦争の話を聞いたのは一度だけ。
 そんな事は知らんでいい、幸せになりなさい、と。
 だからそれ以上は聞かなかった。
 でも、ひめゆりの塔でおばぁ達が当時の事を語っていて
 知る事が出来た。

 忘れたい事と忘れられない事は同じ場所にあって、忘れたい事
 なのに、辛いのに話してくれたおばぁ達に感謝します。

 忘れる強さと前に進む勇気をもって生きていこうと思う。」

繊細で壊れてしまいそうなのに、全身全霊で唄う彼女は力強く
溢れ出るエネルギーを自身でも止められないかの様・・・
彼女に会えてよかった。

 

                   ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆                

 

私は映画『ひめゆりの塔』を観て沖縄旅行に臨み、実際に『ひめゆりの塔』に

行った時、言葉に表せないない程の衝撃を受け、ちゅらパと二人車の中で

無言になってしまった事をよく覚えています。

全開にした窓から入り込んでくる心地よい風を受けながら、力強い太陽の日差し、

高い空、澄んだ海、それらすべてが力強いほど美しいほどに辛くなりました。

沖縄の光と影ー

どちらも受け止めて行かなくては沖縄に失礼だと強く感じました。

 

089234_2

  

LIVEの時にCoccoが、もう1つ言っていた事。

「ひめゆりの塔に行ったら子供がピースして写真撮ってて “ここは、そういう場所

じゃないんだけどなぁ”と思ったけど、でも今は“そういう平和な時代になった”と

いう事なんだと思ったら嬉しくなりました。」

 

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「命どう宝」(ぬちどうたから)~命こそ宝だ~

 

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日常」カテゴリの記事

コメント

私の祖父の弟も沖縄に石碑に名前が刻まれている1人なのですが
まだ行った事がありません。
何気ない日々のふとした時に幸せと感じられる事が
何よりの幸せと感じる我が家です。
そして、相手の事を思いやり、争いの無い世の中になることを願う我が家です。

今日はちょっとキャラじゃない感じのコメントで
ちょっと恥ずかしいのですが、そう思うのです。

投稿: acco | 2009/06/24 08:03

私もね。
沖縄に魅せられた、そして考えさせられた者の一人です。

26歳の時、親友と二人で沖縄旅行へ行って
ひめゆりの塔や旧海軍司令部壕へ行って、
その日の夜、豪華なホテルの1室で、26歳の女2人が
沖縄について泣きながら真剣に語り合ったことがあります。
普通なら飲みにでも行きたい、パーッと行きたい年頃なのに。

ひめゆりの塔では、そこで亡くなった方の同級生がが来てて
「あんたらいくつだい?私たちの同級生はここで恋も出来ずに死んだんだ。
一生懸命生きて、恋をしなさい。」って言われました。
泣きながら、絞り出すように「…はい。」と言うしかなかったです。

私たちが知らない沖縄がまだまだあるんですよね。
この間もNHKで特集やってて、泣きながら見てました。

こういうことちゃんと書けるって、話せるって、
とっても大事な事だと思います。
COCOさん、ありがとう。

投稿: RIKAX | 2009/06/24 10:33

「戦争ほど悲惨のものはない、平和ほど尊いものはない」と。。。

その通りだと思います。今も世界の各地で繰り広げられる殺戮・・・。 子の母となった今、よりいっそう平和への願いは、祈りは強くなるばかりです。

うちの両親は広島の原爆投下の被爆者です。母はまだ赤ちゃんだったので記憶はないそうですが、原爆により実父を亡くしました。
父は川で泳いでて、大やけど。。。 迎えに来たお母さんが自分の子って分からないほどだったそう。 一緒に泳いでた友達はその一瞬に亡くなったそうです。

ほんと、命は宝だと思います。昨今の命を軽んじて起きている事件をきくと、ほんとに悲しくなります。 

命の大切さ、平和の尊さ、ちゃんと子供たちに伝えていきたいと思います。

投稿: miumiu | 2009/06/24 12:30

沖縄。
海があって、リゾートという綺麗な部分しか
見てなかったかもしれません。
日本人としてちゃんと知っておかないといけないですよね。

私は広島で育った為、広島の原爆の話は学校で色々と
教わりました。
毎年8月6日には、黙祷をしました。
でも広島を離れてから、忘れてしまった年もあります。
ダメですね。
色々と考えさせてくれてありがとうございます。


投稿: ボスママ沖ちゃん | 2009/06/24 22:00

>accoさん
accoさんのおじい様は、沖縄の方なんですか。
なんだか、こうして身近で石碑に名前が刻まれている事を聞くと
私達が、歩んできた道とおじい様達が歩んでこられた道が、あまりにも
違いすぎる事に気づかされます。
ふとした時に幸せと思える事、本当に些細なことかもしれないけど
そんな小さな幸せがずっと続く事が、本当の幸せですよね。
相手を思いやる事、小さい時からずっと言われてる事。
本当にその気持ちがあれば、争いごとはなくなると思います。
私は、そんな分かり易い事をすぐに忘れてしまっている気がします。
反省です。。。


投稿: COCO | 2009/06/25 00:16

>RIKAXさん
そうですか、私と同じく魅せられ考えさせられた人。
やっぱ黒ヒョウですね。ま、冗談はスルーして頂くとし…。

RIKAXさんのコメ読んで、鳥肌、と涙ぐんじゃいました。
26歳の時に「ひめゆりの塔」に行ったんですね。
沖縄で26歳の女子2人が、真剣に語る。なんていい経験ですよね。
私は、30過ぎてました。もっと早く行くべきだったと後悔しました。

おばぁ達は、私達が想像を絶する様な体験をし心身共に深く深く傷つき
それでも尚、私達の為に語ってくれ そして優しい言葉を掛けてくれる。
この人達は、どうしてこんな事ができるんだろう。
どうしてこんなに温かいんだろう。
優しければ優しいほどに泣きたくなります。
私達に出来ることは、小さすぎて無力かもしれないけど あの場所で
感じた事、思った事、反省した事を忘れない様にしていきたいです。

あー、また沖縄に行きたくなったなぁ。。。

投稿: COCO | 2009/06/25 00:45

>miumiuさん
そうか…広島ですもんね。。。
私たちがずっと教科書で教わって来た環境とまったく違いますよね。。。
のんきに育った自分が恥ずかしくなります。
怒ったり、不満に思ったり…本当は、ものすごく幸せな毎日なのにね。

ピースscissorsって、普通に笑ってやってるけど、しみじみ
なんかいいよね。
平和、なんて言葉にするとありきたりかもしれないけど
やっぱり一番大切で。
ビーンズ君達世代に語り継ぐ事、私達の役目ですね。

そして戦争は勿論だけど毎日流れる悲しいニュースが、
1つでも減りますように。。。

投稿: COCO | 2009/06/25 01:14

>ボスママ沖ちゃんさん
そうなんだ、広島なんですね。
小さい時から、そうやって教わっているのと教科書で教わってきたのと
まったく違うんだろうな、と思います。

沖縄にしても私も沖ちゃんさんと同じく海がキレイなリゾートって
感じでした。
沖縄戦の事も遠い昔の戦争のお話ー位な認識だったと思います。
『ひめゆりの塔』に戦争で亡くなった方の愛用していた文房具や櫛、
幼く可愛らし物を目にした時に“歴史”ではなく“現実”だと
思い知らされました。
そして、それまで自分が歴史と一括りにして受け流してしまっていた事を
本当に恥ずかしく思いました。

今またブログに載せ、コメントを頂き、より考え思った事を
私も忘れない様にしたいと思います。

投稿: COCO | 2009/06/25 01:40

私は、祖母の影響で小さい頃から戦争の小説とか映画とかいっぱい見てきました。。。
沖縄に初めて行った時、失礼だけど怖くてひめゆりの塔は恐ろしくていけませんでした・・・
私の中では、あのきれいな海と戦争の様々な悲惨な出来事がどうしても重なりません。。。
それだけ今が平和ってことですよね?
今の平和で暖かい生活がずーっと続くように、今できることを精一杯していきたいですね!
そして、世界中の人が幸せな生活ができるといいですね・・・
改めて考えさせられたいい機会でした。
COCOさんありがとう~!

投稿: こてはは | 2009/06/25 23:37

>こてははさん
怖くて行けなかったというのは、とても感受性の鋭い子供の頃に
沢山教わって、きちんと向き合ってたからこそだと思うので…
やっぱり、そういう事が大事なんだと思いました。

平和とか、ずっと平和だからマヒしちゃってるトコロ沢山あります。
でも、こうやって時々でも立ち止まってきちんと向き合えた事だけでも
よかったと思います。
今がある事に感謝して、そしてこの平和を繋げて行きたいですね。
いや、繋がないと!ですよね。

投稿: COCO | 2009/06/26 01:44

沖縄ってまだ行ったことがないんだけど、
歴史の試験で「本土復帰」の年を覚えるのに
「イ(1)ク(9)ナ(7)ツ(2)も夢に見た本土復帰」って
記憶したのが今も覚えてて、
歴史の授業だし、戦争だし、ずっと昔の話だと思っていたけど
1972年って私の生まれた年と変わらなくて・・・
沖縄にとっての終戦て、実はついこの間なのかもしれないですね。

私は職業柄、お年寄りと接することが多くて
戦争の話もよく聞いたけど、
これを次の世代に伝え、世界に伝え、平和について考えるって
私たちの大事な役目ですよね。
私たちは戦争体験者の言葉を直接聞ける、
最後の世代になるはずですもんね。
改めて考える機会をありがとう☆

投稿: ペル | 2009/06/26 23:19

>ペルさん
お返事遅くなりスミマセンでした(>_<)

本土復帰が1972って、そう。私もついこの間だと思います。
ちっとも遠い昔のお話ではないし、今も戦争が続いている国が
あって…
でも幸せボケしちゃっててTVのニュースや写真を見ても
ピンと来ないのが正直なところです。全然ダメです。。。

ペルさんの言う通り、戦争体験者の言葉を聞ける最後の世代ですね!!
きちんと向き合って、今ある平和を繋げていかないといけないって
思います。
私達がワンコと生活できてるって、最高の幸せですよね☆
感謝の気持ちも忘れずに…と思ってます。
あ。私は72年じゃないのですが同じ位です。happy01

投稿: COCO | 2009/07/02 00:18

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